担当より


「静かな神」と「静かな痛み」そして「静かな喜び」

遠藤周作の「沈黙」は歴史小説でジャンルが違うので並べることも迷うところだが、沈黙は踏み絵で「あの人」(イエス)が語る描写があるようにイエスが「動」であるのに対して、イコノグラフの中の主やイエスは「静」である。遠藤の司祭に語りかける踏み絵というのは昭和の高度経済成長期の中の貧困でありながらも国に期待していた時代と合っていて、彼女の神に対しての「静」とは国に期待することよりも、自立を求める現代人らしく、21世紀らしいと私は判断した。

踏み絵が語る、一緒に傷みを受けてくれていると語ってくれたことは、現代でも信者にとって理想のイエスの像なのかもしれない。

それに対してイコノグラフは、登場人物達が受ける痛みは静かであり、イエス自体に目に見えた語りかけや動きはほぼ無い。



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宗教観(仮)



◎現象学から考えると宗教解釈の違いは、心の志向性の違いである。隕石が降ってくるという物理法則とは違い、教義や教理は目に見えない信念によって動かされる。貧しくて教養も無い上にイスラム教という組み合わせがそうさせたのでは無く、その組み合わせによって生まれた心の志向性の影響。


◎ 信じるということをあまり意識したことがありません。
ただ、愛しているのです。

誰かを論破するような力や言葉は彼は嫌う気がするから、
例え、弱く見えても根を張るように愛していたい。



随時追加予定

次回作発表後追加予定