<はじめに> こちらは2013年に執筆したものです。 修正・加筆予定

批評とは、自由なようで逃げ道が無いような気がする。だからこそエッセイという
のも考え、今まで自分の身の上話を少しづつ書いたりしては自分の傾向を
考えていた。それでも私は批評というものを選ぶことにした。批評を作品と
して出すということはブログのように自由でもないが故に、言葉に責任を持
つだけではなく並べられる知識にも責任を持たなければならない。それなのに
私の思考過程を残さなければならない。ここに私の人間性を表すことに
なる。
知識に関しては今はインターネットで簡単に調べられる時代で
情報として、知識としてはもう見解が変わってしまった
古い批評も多く存在する。それでも面白い人がいた。
これらを読み通して気づいたことは批評とは人間の
肉声を通さないと構成されない何かを抜き出すことだと思った。
もしもネットでそれを探すとすれば、それは私の言葉なんだというものを。



それは私が書く小説を自分自身が語るにしても不可欠な要素になるのだろう。

(零章)


感覚的な意味が主に占めるこの言葉、その言葉を語ろうとすると
私は何故だか十代後半で見たモーリス・ユトリロのパレットを思い返した。
それはパレットという題名ではなく、パレットそのものに絵を描いていたものである。

モンマルトル、殉教者の丘と呼ばれる地を描き続けたユトリロを通して
愛着というものを書こうと試みる。

(読了目安25分程度)



pdfダウンロード




(一章)エトワール

  夢や希望について語ろうとすれば肯定か否定しか書けなくなる。それは感情が自分の経験を見つめながら話を終結させることに頼るからだろう。私は成人したことが一昔前と言えるほどの時間を過ごしていた。私の年齢になると人に伝えるということは教えにも繋がってくることを意識し始める。そこで憧れの職業の代表であるエトワールというものについて触れてみることにした。何故なら、エトワールを目指すということはフランスでは教育の一環であるからだ。エトワールという意味をバレエと限定せずに、人が希望を語るときに比喩として使用するような、星や輝きという抽象的な意味まで教育の原理へと立ち返りながら論を組もうと試みる。(現在公開を停止しています)

pdfダウンロード


(二章)善の行方
(現在公開を停止しています)
pdfダウンロード




ダウンロード方法

@上のアイコンをクリックして下さい。googleドキュメントに飛びます。
A下の図のようにダウンロードボタンを押してください。ブラウザーによって
表示が左から順に並べられているので、ダウンロードがお勧めです。
*ipad2は下のアイコンを押した時点で通常表示されますのでダウンロードの
必要ありません。
windows xpも縦表示にされまうすので、ダウンロード無しでも
見れます。横見開きの場合はページが入れ替わってる状態で表示されますので
ダウンロードしてください。